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日志


2006/9/11

在保守和传统之间徘徊的日本皇室

  
    纵观日本历史,我们可以知道日本的天皇制度绵延了2000余年.在这漫长的历史岁月中,有过天皇被当作象征性存在的时期,也有过江户时代武士掌握国家权力天皇被架空的时期.但是,无论日本怎样改朝换代,天皇制度从没有间断过,而且天皇世世代代由直系男性承传其血脉的传统一直延续到现在,可谓是万世一系.
 
   1947年,日本通过皇室典范这部法律,其中明确规定皇位需由天皇家直系的男性继承.而天皇家的女性一旦结婚,就要失去皇室成员的身份而变成一介平民.
 
   1990年,二皇子与其在学习院大学研究生时代的同窗川嶋纪子结婚,改称纪子妃.
纪子是大学教授的女儿,结婚当时还是学生.从清贫之家嫁到皇室,成为名副其实的日本上流社会成员,纪子和她的家族对这桩婚姻是满意的.结婚不久,纪子先后生下两个女儿.
 
  1992年,皇太子与当时在日本外务省任外交官的小和田雅子结婚.被称为雅子妃.
雅子的父亲是外务省次官,相当于外交部副部长.而雅子从小在国外接受西方教育,在哈佛大学学习国际关系后有在东京大学学习.是一个完美优秀的才媛.而皇太子本人也非常喜欢雅子,希望她嫁入皇室能带来新风.
 
  但是,雅子却遇到了对普通的女人来说根本不是问题的问题,而且是严峻深刻的问题.通过现代科技,雅子在结婚近十年经历了怀孕的喜悦之后流产,之后好不容易怀孕,生下的却是个女孩.因此,雅子在皇室中的地位每况愈下,在生子的巨大压力下,患上了抑郁症.
 
  在这种现实情况下,由小泉纯一郎主导的国会在今年2月准备着手审议修改皇室典范,为女性继承皇位提供法律依据.但是在国会审议过程中,突然传来纪子怀孕的消息而使这个法案审议搁浅.
 
  今年9月6日,纪子顺利产下男孩.使41年未出生男孩的日本皇室大为振奋,皇位后继无人的担心也云消雾散.
 
  母为子贵,这个被现代社会认为保守落后的观念,在今天的日本皇室成为了保持传统的法宝.
 
  在保守和保持传统之间徘徊的日本皇室,何尝不是日本社会的另一个缩影?

 
2006/8/15

小泉纯一郎8月15日参拜靖国神社给中日关系留下最大一笔负遗产

   小泉纯一郎在二战日本投降日,也就是日本天皇宣布"终战"日的8月15日的今天,参拜了靖国神社。这无疑是他在任期间给中日关系留下的最大一笔负遗产。
   小泉纯一郎在2001年就任首相时明确表示其三个"信念":即"砸烂自民党"、"邮政民营化"和"8月15日参拜靖国神社"。小泉纯一郎就任首相以来曾经5次参拜靖国神社。分别是2001年8月13日、2002年4月21日、2003年1月14日、2004年1月1日和2005年10月17日的参拜。
    1985年8月15日,时任首相的中曾根康弘参拜靖国神社遭到中国的抗议后,小泉纯一郎终于成为21年来再创奇迹的首相。中曾根曾在他的书里回忆到,由于他珍惜与中国领导人的关系,所以经过深思熟虑之后决定不再参拜靖国神社。
    8月8日,小泉纯一郎曾明确表示,他就任之初的"信念"仍然有效,给8月15日的参拜打下了伏笔。在中国,韩国的一片反对参拜的抗议声中,在61%的日本民众反对参拜的情形下,在7月26日发现昭和天皇的笔录记载因为把A级战犯合祀到靖国神社后表示不快并不再参拜后,小泉纯一郎冒着天下之大不违而一意孤行参拜靖国神社,其原因何在?
    首先,是小泉纯一郎政权的哗众取宠性质所为。小泉政权被日本媒体比喻为"小泉剧场政治",开始就具有浓厚的哗众取宠的倾向。虽然小泉在任期间在内政上取得了不错的成绩,但是他在几次与对手的角逐中都采用了强制的政治手法,包括2005年8月解散众议院进行大选。他是十分精通哗众取宠之术的政治家。
    其次是小泉纯一郎冷血的个人性格所致。小泉出身在鹿儿岛的政治世家,有着日本九州男性倔强的性格。从他义无反顾地在妻子怀着第二个儿子期间与其离婚,并至今与二儿子未谋一面的行为来看,小泉的确是一个冷血的男人。
    最后也是最重要的原因是小泉纯一郎不了解真实的中国,不适应中国的崛起,也不在乎中国人民的感受。小泉是二战后成长起来的政治家。由于他的父亲曾经亲历过二战,而作为当时的政治家他们对战争的认识是与深受战争之苦的日本民众和饱尝日本军国主义侵略践踏的亚洲人民的认识是不尽相同的。这一点是小泉式思维的基础。同时小泉也是一个外交白痴,他在任六年,把中日两国领导人和人民用几十年的心血浇铸的良好关系化为乌有。8月15日参拜靖国神社,无疑给中日关系留下的最大一笔永远也抹不掉的负遗产。
 
 

 
2006/8/12

阿南惟茂前驻中国日本大使去年7月曾致电小泉要求他停止参拜靖国神社

 日本媒体报道, 阿南惟茂前驻中国日本大使去年7月曾致电小泉纯一郎,
 要求他停止参拜靖国神社.
 
 现职大使对首相以这种形式提出要求在日本历史上实属罕见.
 
 阿南惟茂是日本外务省被称做"China School"的知中派代表人物之一,
 也是有名的中国通.他在日本外务省任职多年,曾任亚洲局长等职,
 是1945年为抗议波玆坦宣言而自杀的陆军大臣阿南惟几的儿子.
 曾在台湾留学并精通中文.
 
 阿南惟茂前大使给小泉纯一郎的致电中指出要求停止参拜靖国神社的原因有两个.
 一个是去年是中国抗日战争60周年,另一个是去年春天中国民间的反日游行.
 
 但是小泉纯一郎却一意孤行,于去年10月17日参拜了靖国神社.
 
2006/7/25

民调显示60%的日本国民反对下任首相参拜靖国神社

次期首相の靖国参拝、反対60% 朝日新聞世論調査

2006年07月25日   来源:朝日新闻

 朝日新聞社が22、23の両日実施した全国世論調査(電話)で、次の首相の靖国神社参拝の賛否を尋ねたところ、反対が60%を占め、賛成の20%を大きく上回った。今年1月の調査では反対46%、賛成28%で、今回、反対が大幅に増えた。小泉首相が9月末までの任期中に参拝することについても反対が57%にのぼり、賛成29%のほぼ2倍だった。昭和天皇が靖国神社へのA級戦犯合祀(ごうし)に不快感を示していた発言メモが明らかになり、首相参拝の是非を考える上で、この発言を「重視する」と答えた人は6割を超えた。

 次の首相の靖国神社参拝について、「しない方がよい」とする反対の人はすべての年代で6割前後あった。内閣支持層で46%、自民支持層でも47%が反対で、「する方がよい」と答えた賛成の人は、ともに3割程度にとどまった。1月調査では内閣支持層、自民支持層ともに反対は3割台で、賛成を下回っていた。これまで靖国参拝を支持してきたこうした層の意識の変化が、反対をかさ上げした構図だ。

 今回、次の首相として最も人気が高かった安倍晋三氏の支持層でも反対が52%で、賛成の29%を大きく上回った。

 一方、小泉首相の靖国参拝については、これまでの調査で賛否が揺れており、昨年10月の参拝直後は賛成と反対が相半ばしていた。今回、反対が最も高くなった。

 小泉首相が公約にしてきた終戦記念日の8月15日の参拝についても、否定的な見方がうかがえる。小泉首相の参拝に賛成と答えた29%の人に参拝の時期を尋ねると、「8月15日以外がよい」が45%で、「8月15日がよい」の39%より多かった。

 昭和天皇の発言については、小泉首相や次の首相の靖国参拝の賛否を聞いた後に質問した。発言を「重視する」は、「大いに」(24%)と「ある程度」(39%)を合わせて63%。「重視しない」は、「あまり」(21%)と「まったく」(12%)を合わせて33%。「大いに重視する」は年代が上がるほど高く、70歳以上では33%にのぼる。

 「大いに重視する」人では次の首相の靖国参拝に賛成が10%、反対82%だが、「まったく重視しない」人では賛成が32%と反対の35%と拮抗(きっこう)。天皇発言を重く受け止めるほど、首相の靖国参拝に反対する傾向が読み取れる。

    ◇

 次の首相に誰がよいかを国会議員の中から自由に選んでもらったところ、安倍晋三官房長官が36%と最も多く、2位以下に大きく差をつけた。一方、自民党総裁選に「注目している」は54%で、前回調査(6月)の59%より減った。福田康夫元官房長官の立候補断念が、安倍氏の「一人勝ち」と、総裁選の注目度の低下の双方に影響を与えているとみられる。

 次の首相にふさわしい人を選択肢から挙げてもらった前回調査では、安倍氏が45%、福田氏が25%、麻生太郎外相が5%、谷垣禎一財務相が3%だった。

 福田氏の立候補見送りを受け、今回は選択肢を設けず自由回答で聞いた。安倍氏が4割近くと高水準を保つ一方で、福田氏7%、小沢一郎民主党代表5%、麻生氏3%、谷垣氏1%と、いずれも1割に達しなかった。他の議員の名前はほとんど挙がらなかった。自民支持層に限ると、安倍氏が56%と独走ぶりがさらに際立つ。

 総裁選に「注目している」は野党支持層や無党派層で前回より低落しているのが目立つ。自民支持層も69%で、総裁選が近づいたにもかかわらず、前回(71%)並みにとどまった。

 次の首相にどういうタイプがよいかでは、「人の考えをよく聞く協調型」(67%)が「自分の考えを強く通す決断型」(28%)を上回った。安倍氏を支持する人でも「協調型」(59%)が「決断型」(37%)をしのいだ。

 小泉内閣の支持率は43%(前回45%)、不支持率は40%(同41%)。政党支持率は自民が前回(35%)並みの36%、民主が前回(20%)から微減の16%だった。

    ◇

 北朝鮮のミサイル発射に対し、国連が非難決議を全会一致で採択したことについて、85%が「評価する」と肯定的な見方を示した。決議に向けた日本の外交についても、「評価する」が55%で、「評価しない」の32%を大きく上回った。

 今回のミサイル発射で北朝鮮に脅威を「感じる」は、「強く」(38%)と「ある程度」(39%)を合わせて77%、「感じない」は「あまり」(16%)と「まったく」(6%)を合わせて22%だった。

 国連の非難決議を「評価しない」は8%どまり。「評価する」は男女とも8割を超え、70歳以上をのぞくあらゆる年代で80~90%と多数を占めた。国際社会が一致して北朝鮮に強い警告を発したことを好感する国民の姿が浮かぶ。

 当初求めていた制裁決議より表現を和らげた非難決議で同意した日本の外交にも、世論は好意的だ。内閣支持層で61%、不支持層でも53%が「評価する」と回答。年配ほど「評価する」が増える傾向があり、50代と60代では約6割にのぼった。

    ◇

 《調査方法》22、23の両日、全国の有権者を対象に「朝日RDD」方式で電話調査をした。対象者の選び方は無作為3段抽出法。有効回答は1898人。回答率は57%。

2006/7/23

中国为何难出一流科学家 学者应远离名利场

科学家应远离名利场 周忠和 中国科学院古脊椎动物与古人类研究所研究员 

    多一些真正的“与国际接轨”,少一些所谓“本国特色”,在国际学术舞台上,一定会出现更多中国科学家的身影! 

    现在,大家都关注的一个话题是“中国为何难出世界一流的科学家?”可是,很少有人真正关心和了解科学家的工作环境与精神状况。回国后不断有人问我,你们的古生物学研究有何意义?我有时候会很纳闷,基础研究怎么可能完全套上实用和功利性的框框?可在美国,从来没人问我类似问题,因为大家比较理解。科学就是探求未知的事物,因此有不少富人捐钱设立各种基金,资助古生物等基础性的研究,并乐此不疲。 

    其实,古生物研究涉及世界观大问题,对于人类正确认识自然,对于处理人与自然、人与环境的关系,都有相当大的影响。人是怎么来的?人类是如何演变的?在美国学术界和宗教界的争论历来很激烈。确凿的科学证据表明:人类是地球生命经过了几十亿年的演变,一步步进化而来的。在地球历史上,生物经历了多次大的灭绝,包括6千5百万年前的 恐龙灭绝,这些都与地球环境的变化息息相关。所有这些认识,古生物和相关学科的持续研究都能够不断提供令人信服的实证。 

    有些科学研究不会直接创造效益,或近期内看不到效益,可是,我们不能因为这些而放弃研究和追求。在美国,搞古脊椎动物研究的有上千人,搞进化论、古生物研究的人则更多。相形之下,我国在这些研究领域还有很大的发展空间和潜力。 

    社会的功利和浮躁,也对科学界形成强烈冲击。现在,人们关心的不是你的研究方向和成果的真正含金量,而是你有多少量化了的成果,是否得奖,获得哪些奖项;发表了多少论文,发在哪一级刊物上,是否第一作者,等等。近年来,还有不少单位热衷于SCI文章的攀比和奖励,甚至演变为单位之间的奖励竞赛。今天你发一篇奖励一万元,明天我发一篇则重奖10万元!如此慷国家和纳税人之慨,说给外国同行看,都视为笑谈。 

    所有这些,似乎都和科学探索求真渐行渐远。人们逐渐忽略了“梅花香自苦寒来”的深刻道理,也无暇顾及学术研究是需要长期积累的。科研管理上,采用工程项目的简单管理办法;科学评价上,存在“重物轻人”、急功近利思想。特别是把科研人员相对短时间的学术成果与其物质待遇、社会地位挂钩,甚至把科研人员的成果、论文和收入奖金福利等个人切身利益紧密捆绑在一起。缺乏鼓励研究人员长期积累、潜心研究的长效机制。 

    于是,在强大的生存压力下,科技人员不得不四处奔波找课题、找项目、找钱,一个人的主要精力都花在这上面了。有关部门的一份调查数据显示,我国科技工作者每年用于科研的时间,平均低于4个月! 

    这种急于求成和急功近利的做法,甚至影响到重大的科研突破。有时研究人员选择的是一个大方向,很可能会带来突破性的成果,可为了立竿见影,应付每年的考核和测评,只好把课题分解、拆开,本来一篇很有分量甚至可能产生重大影响的好论文,最后变成了好几篇低质量的文章。其最终结果不仅导致我国学术研究陷入低水平重复,也在根本上动摇了我国诞生学术大师的基石。 

    这很可惜!作为一个真正的学者,其研究成就最终需要国内外同行来评价和认可。我们应该相信科学家,特别是那些已经证明自己能够独立进行高水平科学研究的学者。让他们心无旁骛潜心学问。事实上,发达国家实行了多年的教授“终身制”体系就很值得借鉴。我们应该倡导同行学会内部的奖励和荣誉,减少形形色色的全国性或部门性的奖励。只要坚持不懈,多一些真正的“与国际接轨”,少一些所谓“本国特色”,在国际学术舞台上,一定会出现更多中国科学家的身影!


来源:人民网

2006/7/5

日本各大媒体报道胡锦涛会见民主党党首小泽一郎

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 【北京=船津寛】中国訪問中の民主党の小沢一郎代表は4日午後、北京市内の人民大会堂で胡錦濤国家主席と会談した。小沢氏は首脳間交流が滞る日中関係を念頭に、「一般の国民と同時に政治家同士が、本音で話し合えるようにしなくてはいけない」と述べ、定期交流の場を設置するよう提案。胡主席も「両国の政府の努力だけではなく、政党・政治家の努力も必要だ」と応じ、中国共産党と民主党による「交流協議機構(仮称)」を立ち上げることで一致した。

 中国側が日本の政治家と会談する際に常に話題にしてきた小泉純一郎首相の靖国神社参拝や、尖閣諸島付近での中国船による海洋調査活動の問題などは話し合われず、「日中友好」の重要性を強調する会談となった。

 会談で小沢氏は、「それぞれの国の政治や国柄の違いからくる障害が出る場合もあるが、お互いの努力で乗り越えられると確信している」と強調。「経済的な利害だけの関係はもろい。両国民の信頼関係、指導者の信頼関係が基盤になければ2国間関係、日中関係は本当のものにならない」と述べ、暗に小泉首相の対中姿勢を批判した。

 胡主席は、「日中関係は2国間にとどまらず、アジア、世界的に意味をもつ」と強調。「歴史認識の問題では、日中関係は現在停滞している」と指摘しつつも、「対話と対等な交渉、協議を通じて、両国間の問題を解決すべきだ」と述べた。

 会談後の会見で小沢氏は、尖閣諸島の問題などを取り上げなかった理由について、「日中間の国民、指導者の間に本当の信頼関係がない。その信頼関係を築き上げなければ、何を話しても無駄だと思う」と説明した。

 胡主席が日本の政治家と中国で会談するのは今年3月末、日中友好7団体が訪中した際、故橋本龍太郎元首相らと会談して以来。民主党代表との会談は平成15年4月、当時の菅直人代表の訪中時以来。

来源:日本产经新闻

2006/6/5

我们向教育立国的日本学习什么?

1868年的明治维新掀开了日本近代史新的一页。随着富国强兵,和魂洋才观念深入人心,日本逐渐向西方学习优秀的东西为我所用。那个时代的先驱伊藤博文,福泽谕吉等人更是积极地主张模仿欧洲的法律和教育制度,并在1872年开始推行并逐渐普及9年义务教育。这为日后日本的近代化,经济的高速成长和成为经济大国奠定了坚实的基础。迄今为止日本有10人获得过诺贝尔奖,日本还拥有高素质的工薪阶层,他们在各自的位置上辛勤劳作。可以说日本教育立国的目标基本实现。
 
今天,日本的9年义务教育的普及率为100%,高中入学率为97%,大学升学率为45.1%。
 
那么,我们应该从中学习什么呢?
 
首先,是教育立法的完备和健全。有战后的教育基本法,学校教育法,地方教育行政法等法律,其中对教育的目的,各级教育机构的界定,教育经费的支出和保障,教育机构的独立和自由以及教育行政的权力和义务都作了非常详细的规定。不会因为政治的变动和人为因素而影响教育的方针和政策。
 
其次,是政府的一贯政策和民间的支援。日本政府在教育上的投入是很大的。特别是在义务教育上的投入近年更是教育科学总支出的近50%。另外,民间对教育的关心投入也很可观。日本的育英奖学财团1943年创立至今已经援助了近600万名各类学生,帮助其完成学业。
 
最后,是经济和教育的相互促进。在战前和战败后,日本在节衣缩食中艰难地维持了9年义务教育,这为日后日本的经济飞跃打下了坚实的基础。战后,随着日本经济的高度成长,政府和民间又加大了对各种教育的投入和充实,这从客观上又促进了教育的飞跃和发展。这样,教育和经济的发展互相促进,形成了一个良性的循环。
 
 
2006/5/20

有近三成日本国民忧虑日本对亚洲的外交

据日本内阁府的最新社会意识调查显示,有31.3%的日本国民忧虑日本对亚洲的外交。其中主要是指对中国,韩国和北朝鲜的外交。
 
这个数字比去年增加了7点8个百分点。比小泉纯一郎2001年4月就任首相前高出近20个百分点。是1998年12月开始此调查以来最高的数字。
 
这充分显示出日本国民对小泉纯一郎由于执意参拜靖国神社而引起的日本对中国,韩国等亚洲国家外交失策的忧虑。
2006/5/19

靖国神社问题渐成日本自民党新总裁选举重要的一张牌

今年九月小泉纯一郎任自民党总裁届满,而下一任的总裁竞争已经紧锣密鼓地拉开了序幕。
 
由于小泉纯一郎任期五年来日本经济渐渐显示出复苏的迹象,他在任期间又在金融和政治领域进行了大刀阔斧的构造改革并得到了日本民众的支持。但是,小泉的外交政策,特别是对中国和亚洲的外交可以说是失败的。
 
下一届总裁竞争最大的焦点就集中在如何重新构建与中国及亚洲国家的外交上面。而与中国重新建立信赖关系的关键问题就是怎样使首相参拜靖国神社问题得到妥善的解决。因此,靖国神社问题渐成日本自民党新总裁选举重要的一张牌。
 
民主党党首小泽一郎建议把A级战犯的牌位从靖国神社中分祀出去。5月18日,日本战争遗族会会长自民党众议院议员古贺诚也表示,为了在下一届首相的任期中修复与中国的关系,应该把A级战犯的牌位从靖国神社中分祀出去。这个战争遗族会在日本拥有相当大的势力,号称掌握着500万张的选票,而这些战争遗族的父辈们的牌位几乎都放在靖国神社内。
 
对此观点,下一届总裁候选人之一的安倍晋三则表示反对。
 

2006/5/7

日本民主党支持率超过自民党

据日本富士电视台5月4日的民调显示,日本民主党的支持率为28.8%超过了自民党0.8个百分。民主党在去年9月的大选中败给小泉纯一郎领导的自民党,今年3月由于倔江贵文虚假邮件问题又受到重创,由小泽一郎4月受命于危难之中接任民主党党首。这位把目标定位在从自民党手中夺回执政权的老练的政治家上任才刚刚一个月,日本的政局就出现了微妙的变化。而同时民调又显示,小泉纯一郎的不支持率超过了支持率1个百分点
2006/5/5

亲民务实的温家宝总理

 
温家宝总理5月4日青年节访问了北师大,并到图书馆,学生宿舍与学生交流,让人感到总理的亲切,亲民和务实。
有着百年传统的北师大人在五四运动中高举“民主”和“科学”的旗帜,其中一批有良知和思想的知识分子为中国的进步和发展做出了卓越的贡献。
今天,我们知识分子也有必要重温“民主”和“科学”的涵义,为中国在世界的崛起奋发图强,不忘教书育人的职责,在中华民族的伟大复兴中尽一份知识人应该尽到的责任。
2006/4/25

日本の議院内閣制度と選挙に関する講義(研究生讲义)

             

     

                              姜 弘

                        2006425

一・特徴について

三権分立:

近代の民主主義的な国家では、政府の権力を複数の機関に分散させて、権力が特定の人間や期間に集中することをさけている。一般的に、権力を立法権、行政権、司法権に分けることから、三権分立という。

 

主権在民と間接民主:

主権在民という表現が、戦後日本のデモクラシーの中で、強いトーンで語られ、記述されてきた。それは、戦前の日本において、主権が天皇にあったことへの反省に基づいている。

民主主義の国では、当然のことながら主権は国民にある。国を統治するのは天皇でも軍部でもなく、国民である。ただ、日本では、実際の政治は、間接デモクラシーといって、議会を中心に動いている。国民は、選挙の投票日だけの主権者となる。だから、主権者といっても、究極的・間接的な主権者であり、普段から実質上の政策決定に関わるものではない。

 

国会議員:

よって、直接的な主権者は、議会を構成する国会議員である。衆議院・参議院の多数の意見によって、法律が制定され、政府の方針が決定され、政治は動き出す。

議員は、国民の代理人という形で、主権者の役割を担うことになる。

 

官僚:

しかし、日本の政治の実質的な決定者は、議員ではなく、官僚である。霞ヶ関の優秀な官僚群が、日本政治を現実に動かしている。議員の多くは、勉強不足で、空洞化は深刻であり、議員の政策立案能力には、疑問が投げられている。戦前においては、日本の官僚制は明治以来の富国強兵・殖産興業を旗印に、天皇制のもとで、「天皇の官僚」としての役割を果たしてきた。民主化のプロセスのもとでは、GHQの代行機関として、日本の独立とGHQの指令の間で苦悩しながら、日本の戦後処理と独立への布石(ふせき)を打った。

戦前の天皇、占領下のGHQという、二つの超権力の間接補強のシステムとして、官僚は、命令の上意下達(じょういかたつ)を担った。その後、自民党政権が続くなかで、日本の官僚は権力と二人三脚(ににんさんきゃく)で、「国を背負っているのは、自分たちしかいない」という強烈な自負心をもって、戦後の復興から高度成長へと舵をとってきた。

戦後日本の官僚システムの確立は、基本的には、アメリカを『目標』と「手本」にしたわけだ。しかし、90年代に入ると、アメリカとのパートナシップにひび割れが生じ、日本経済のバブルは破綻とあいまって官僚は自信を失い、政治の決断力が求められている。

93年には、38年間続けてきた「55年体制」が崩壊し、連立政権が誕生した。と同時に、官僚と政治家とのコミュニケーションは、拡大したものの、新しい問題が生じてきた。

目まぐるしい政権交代のなかで、自分たちがどの政党に依拠すればいいのかがわからなくなる。そして、官僚が保身と政策実現としての政治軸を欠くようになり、政治家と霞ヶ関との間に戸惑いが見られる。

一方では、政治の圧力が低下し、特定の政治勢力から解放されることで、真の国益となるための政策決定ができると考える官僚もいる。

 

総選挙と通常選挙:

日本の議会は、衆議院と参議院から構成されている。「代議士」というのは、一般的に衆議院の議員のことを表現する言葉である。衆議院は、参議院より国民を代表する性格が強い。このため、衆議院はさまざまな面で参議院に優越する権限を与えられている。

現在は衆議院議員は、500名で任期は4年である。参議院の議員は、252人で、任期は6年であり、3年後に半数の126人が改選される。

衆議院の選挙は任期満了する際、あるいは、衆議院が解散する際、いわゆる、政局の変わり目ごとに行う。これは、「総選挙」である。参議院の選挙は、3年ごとに行われ、「通常選挙」といわれる。衆議院・参議院が同時に選挙を行う場合、ダブル選挙である。

国会議員は、一つの職業であり、社会的な地位があり、責任も重い。しかし、一旦、落選すると、ただの人となり、収入も何もなくなる。議員にとって、一番、恐れているのは、落選である。

よって、自分の保身当選と、理念政策の実施というジレンマに悩まされるときも時々あり、苦しい選択が迫られる時もある。

 

選挙の流れ:

衆議院が解散すると40日以内に総選挙を行うことになる。

選挙活動の期間は13日で、これは、公示から投票日までの日数である。ただ、普段、それぞれの議員は、地元に後援会があり、この後援会を中心に支持者の獲得に努めている。

参議院の通常選挙では、任期満了になる半数の議員が満了日の30日前までに、改選されることになる。

なお、公示は投票日の15日前となっている。

 

小選挙区と比例区:

衆議院は、300の小選挙区から1人ずつ選出される300人と、全国11の比例代表区から選出される200で構成されている。

参議院は、47都道府県ごとの選挙区から選出される152と、比例代表区から選出される100人の、計252人で構成される。

比例区は、衆議院、参議院とも、政党名で投票する。票の数に応じて各政党の当選者数が決まるわけであるが、各政党はあらかじめ、当選順位を決めた候補者名簿を作っておく。

 

候補者選びと立候補:

両院選挙に出馬する候補者は、大抵政党の「公認」か「推薦」をもらって、立候補する。後ろに政党がいることは、組織票を獲得するのに有利になるだけではなく、資金面などでサポートしてもらえることもできる。

無所属で立候補する人もいるが、政党条件が供えていないし、組織がないため、相当な有名人か、資金力、地盤がないと、なかなか、当選できない。

政党条件というのは、所属の国会議員が5人以上で、前回の衆議選、もしくは,前回か前々回の参議選で、2%以上の得票をした団体を政党として見なすこととなる。

最近では、各党が公募制を取り入れている。

ちなみに、立候補するには、供託金が必要である。

小選挙区では、300万円で、比例区では、600万円が必要である。

重複立候補する場合、600万円がいる。

 

国会議員になるための三種の神器:

「地盤」「看板」「かばん」

族議員と世襲議員

 

二.まとめ:

1 日本の議員内閣制度は戦後、GHQの指導のもとで、出来上がった民主主義政治のシステムである。

2 55年体制が崩壊した後、連立政権が与党となり、議員と官僚とのあたらなバランスが求められている。

3 21世紀に入り、自民党と民主党は、政治を主な担い手として、与党と野党の役割を果たし、2大政党の政治を形成しながらも、2005年9月の衆議院の選挙で、民主党が衰退し、自民党が大躍進していた。現在、衆議院では、自民党と公明党との連立政権が国会議席の絶対多数を占め、日本の政治を主導している。

4 中日関係においては、現在の国会議員のなかでは、いわゆる「親中派」が数少なく、全体的には、保守的な傾向の議員が多いのが、現状である。特に、若手の議員では、中国に関する知識が少なく、これから、中日関係を担うような主流議員は、少ない。

 

三.配布する参考文献:

佐々木毅 「政治学への誘いー実践の術」

川人貞史 「現代日本の政治課題ー政治改革・制度改革」

建林正彦 「議員行動のメガ二ズム」

増山幹高 「国会の機能・運営」 

岩井奉信 「族議員政党部会」

真渕勝  「官僚の役割」

成田憲彦 「選挙制度変遷」

品田 浴 「選挙公約」

山室信一 「日本政治思想史」

御巫由美子「政治とジェンダー」

荒井広幸 「国会議員」

 

2006/4/20

知识分子的社会使命和责任是什么?

 
在成熟的社会中,知识分子重要的社会使命就是独立思考和具有批判精神。知识分子是智慧和良知的结合。知识分子有义务追求真理,也有责任向社会传播和树立诚信。可以说,思考和批判是知识分子的灵魂,智慧和良知是知识分子的血液。而追求真理和诚信则是知识分子的生命。
在中国,知识分子是否承担起了他们所应该承担的使命和责任?如果没有,原因又在哪里呢?
是知识分子胆小怕事,不敢也不原意承担社会的使命和责任还是我们的社会没有给知识分子创造出一个自由阔达的环境来让他们敢于并且愿意承担其使命和责任。
对于诸多的社会问题,不公平和不合理,作为社会良知的知识分子如果失语,或者视而不见,那么我们的国家,我们的社会还会有未来和希望吗?
政府固然有其应该行使的权力和应负的责任。但是,我们的社会里,知识分子的声音还太微不足道。有太多的问题需要我们去思考,去批判,需要我们唤起社会的良知,需要我们以敢为天下先的勇气和智慧为实现社会的合谐和公平而尽一份责任。
 

2006/4/17

日本社会观察-女性择偶从“三高”到“三低”

 
 
二十世纪八十年代,日本经济处在鼎盛时期,男性的“三高”成为女性择偶的最佳标准。所谓“三高”即高学历,高身长,高收入。
 
那个时代,女性接受良好教育的最高目的几乎就是嫁一个“三高”丈夫。大学毕业后到大企业就职,做一些花瓶式的事物性工作,同时积极地物色精英“三高”男性,然后相夫教子,这已经成为那个时代女性最经典的一生。
 
但是随着泡沫经济的破灭,经过九十年代“失去的十年”的洗礼,女性开始逐渐走入社会,担任重要的角色并发挥其才能。现在在日本国会中女性议员所占比例为9.5%,女性内阁阁僚有2人,虽然与北欧等国家相比还很低,但是与10年前的日本相比较,已经有很大的进步了。
 
活跃在各个领域的女性,她们独立,充实,自我。虽然整个日本社会面临着严峻的“晚婚”,“少子”和“高龄”化等社会问题与她们选择的生活方式不无关系,但是,她们依然随心所欲地为自己生活和工作着。
 
与昨日的“三高”相对照,今日“三低”的男性更受女性青睐。所谓“三低”即低姿势(女性优先),低危险(公务员有资格等安全系数高的职业),低依存(尊重而不束缚女性)。
 
女性的择偶标准是随着时代而变迁的。而择偶标准的变化,恰恰又是那个时期社会变迁的缩影和写照。

可以说,从“三高”到“三低”的变化也是随着时代的进步女性对男性的期望从物质到精神,从有形到无形的价值观念的转变。
2006/4/14

日本社会观察-胜者和败者的两极分化

                           
                                 日本社会观察-胜者和败者的两极分化
                                                                                            姜  弘
 
 
   七十年代的经济高度成长期,造就了"一亿总中流"的富裕国家日本.但是这个一直以来日本引以为自豪的社会自九十年代开始逐渐变化,二十一世纪初期社会的分化已经明显地显现出来.胜者和败者的两极分化日趋扩大.同时职业,家庭,婚姻,教育,安全等问题上的不确定因素日趋增长,而胜者对未来的希望和败者对将来的绝望又加剧着社会的分化.
 
   加剧两极分化的主要原因有两个:职业的选择和婚姻的选择.
 
   在日本有社会地位且收入良好的工作是国会议员,医生,律师,大学教授及大企业的管理阶层.如果能够从事这些职业,那么就意味着生活的安定和未来的保障(但是,国会议员如果落选,就会马上失去了工作和生活的来源),也就成为了竞争中的胜者.而胜者在婚姻时其对象往往也是同类的胜者.
 
   同时,近年在日本社会中出现了没有固定职业和收入,靠打零工生活的年轻人.而他们婚姻的对象也往往是同类的败者.
 
   这样,在职业上的强者在婚姻上选择强者,而他们的下一代从小就能接受到良好的教育,这样又造就了下一代的强者.
 
   相反,在职业上的弱者在婚姻上只能与弱者结合,而他们也只能造就输在起点上的下一代的弱者.
 
   这种分化现象在二,三十岁的年轻人中已经明显地显现出来.虽然他们还不是日本社会的中坚力量,还不会冲击到整个社会.但是,二,三十年以后,或许日本的社会结构会由此引发巨大的变化而成为一个非常严峻的社会问题.
 


2006/4/12

日本民主党新党首小泽一郎

日本民主党新党首小泽一郎
北京师范大学副教授  姜弘
  2006年04月12日08:50

 
  4月7日,日本民主党经过其议员的投票选举,小泽一郎当选为新党首。这位被日本政界称为“恶魔”的老练的政治家,被小泉纯一郎评价为“精通选举的强力对手”的小泽一郎是何许人也呢?

  二十世纪九十年代的日本被形容为“失去的十年”。泡沫经济的破灭给日本带来了重创,国民也感到迷惘和困惑,希望能吹来新风以改变当时停滞的现状。

  1993年,日本政治发生了自“五五年体制”之后的大震荡。从1955年以来一直作为执政党在国会中的议席占绝对多数的自民党分裂并下野,新党纷纷成立,由几个新党结成连立政权执政。这个改写了日本政治史的关键人物就是小泽一郎。

  自民党此后又与社民党,公明党,自由党连立,夺回了执政权。但是2000年,作为连立政权成员之一的自由党党首,小泽一郎由于与自民党的对立,要求退出连立政权,这又一次冲击了自民党,当时的首相小渊惠三就是在这时由于心劳过度突然病逝的。

  之后,由森喜朗短期间接任首相。2001年,小泉纯一郎就任自民党总裁和日本首相至今,已成为日本历史上第三位任期最长的首相之一。而民主党也是经过了几次的分分合合,才与小泽一郎的自由党合并的。

  2005年9月,在众议院的大选中自民党大胜而民主党后退,时任党首的冈田克也引咎辞职,由42岁的前原诚司接任。但今年3月,由IT界的新宠崛江贵文被捕而引发的与自民党干事长武部勤的角斗中,民主党因为使用了伪造的情报而遭遇尴尬,前原辞去了党首的职务。

  可以说小泽一郎任民主党的新党首是受命于危难之中。他的政治目标是使民主党成为执政党并推行他一系列改造日本政治经济和外交的政策。

  小泽一郎比较积极地与中国交往,在靖国神社问题上他主张把A级战犯的灵位从神社中分祀出去,并强调这样做完全有可能。如果民主党取得了的政权,立即可以做这件事情并且有信心改善中日关系。

  小泽一郎是历经政治风雨的日本政治家,虽然是在野党党首,但是自民党也不会轻视他的存在。他的上任是否会对9月即将上任的新首相的人选产生影响,日本的政局是否会出现转折和震荡,我们不妨拭目以待。

 
 
 
来源:人民网 国际 纵论天下
2006/4/3

把爱国主义教育融入到专业课教学之中

 

             把爱国主义教育融入到专业课教学之中

 

                                               北京师范大学  姜  弘

 

 

今年是世界反法西斯战争胜利六十周年,暨中国人民抗日战争胜利六十周年。今年4月,由于对日本试图谋求进入联合国常任理事国及文部省审定通过修改日本右翼历史教科书和日本国内关于修改和平宪法的动向,我国学生和民众自发地举行了游行示威和抗议活动。中日关系急转直下,出现了1972年两国邦交正常化以来最严峻的局面。

面对这种局面,作为大学日文系的教师,有责任和义务对学生进行教育和疏导,把学生的爱国热情转化为学习的动力,并以此为契机教育学生,以史为鉴,面向未来,发奋图强,为国尽力。

通过专业课的学习,把对学生的爱国主义教育融入教学之中,这样,使学生不仅开阔视野、随时了解国内国际形势,同时也学到了丰富的专业知识,还逐渐掌握了认识事物本质的分辨能力,从而真正实现教书育人的目的。

   

  在教学实践中以事例培养学生爱国热情和民族自尊心

 

怎么样能把学生培养成有爱国热情和民族自尊心,同时具有思辩能力,将来能为社会做贡献的一代人呢?这是笔者一直在思考的问题。也是我们每一个从事高等教育工作的教师应该思考的问题。

在日文系的专业课教学上,笔者几年来尝试作了如下的实践:把外语教学的听说读写的锻炼与学生的特征结合起来,在此基础上把自己的专业知识和特长也随时融入教学之中。

笔者选出一个与时事相关的话题,话题的选择着眼点是国际政治、国际关系中的日本中国及其关联的题目。让学生上课之前选择话题,收集相关资料,并准备发表。目的是培养学生的独立思考,客观认识事物,看清事物本质的能力。并适时地对学生的问题进行总结和点评。同时,把对学生的爱国主义,人格教育随时有机地融入到教学之中。于笔者在日本留学的专业是国际政治,所以其实选择这类话题不仅对学生来说能够扩大他们的视野,同时对自己来说,也发挥了专业特长。这样做的目的是培养学生看问题和思考问题的方式方法。看问题不要从表面看,人云亦云。要根据客观事实,从不同的角度看要自己思考,要通过思考抓住事物的本质和客观规律。握了这样分析问题的方法,对很多纷纭复杂的问题就能够透过现象看到其本质。同时也能了解事物的规律性和普遍性,从而达到认识事物,解决问题的目的。根据近来中日关系中突显的问题,结合教学的内容,笔者适时地选择了以下几个问题进行了分析和点评。

(一)关于日本的民族特性

在专业课的教学中,作为日文专业的学生,需要在了解日本文化的前提之下来学习日语。不仅如此,还要了解世界中的日本和中日之间的日本。根据自己的专业知识以及13年在日本学习、工作的经验,笔者把日本人的民族性归纳如下。

善于学习和吸收优秀和卓越的东西,并能巧妙地纳入日本的文化体系当中。

对问题的认识往往是根据先例和经验,对事物的变化和发展缺乏适时、客观的、正确的判断,陷入自以为是的怪圈中,只见树木不见森林。

对强势文化的盲目崇拜。

 

(二)关于日本右翼的定位

此外,我们在理解中日关系的时候,还要搞清楚的就是“日本右翼”这个概念。首先明确日本的右翼在日本人中占很小的比例。而且,右翼的所作所为也被一般的日本国民所不齿。日本政治家可以分为右派,既保守派左派,既革新派还有比较温和的中间派。其中的右派,代表人物有小泉纯一郎安倍晋三町村信孝麻生太郎平沼赳夫等政治家。他们的共同的特征就是:其父辈都是二战时期的政治家。从小在战争中的体验和对战争的理解与一般的日本民众有距离。他们在美国的统治中长大,对美国有一种盲目的崇拜,在外交政策上,他们以日美同盟为基轴极力追随讨好美国。对于中国的崛起和强大,他们在精神上还没有作好充分的应对准备。他们对中国的忽视和对中国的变化把握不准确,导致中日关系频频出现危机,在关键时刻,常常扮演了滑稽可笑的角色。但是他们还自以为是地把这些解释成是由于中日之间价值观念不一和中日文化的差异而引起的。这些自民党中的右派在联立执政党中占有重要的位置,对国家的政策有重要的决定权。但是,并不是日本的所有政治家都是右派。自民党中也有一直批判小泉外交政策的政治家。

在野党民主党就是属于革新派。代表人物有冈田克也菅直人小泽一郎等。在中日关系恶化的时候,冈田克也就在国会中向小泉纯一郎指出,这是小泉纯一郎在外交上重视美国、轻视亚洲的后果,是小泉外交的失败。

根据5月9日的日本东京新闻的一次民调中显示,尽管日本民众并不完全认同中日关系的严峻责任完全在日方,但是日本的民众有61 %的人认为小泉纯一郎应该停止参拜靖国神社。这说明日本的普通民众的大多数并不是右翼或是右派,他们还是希望中日关系得到改善。因此,对于小泉纯一郎参拜靖国神社而受到影响的中日关系,日本民众的大多数还是希望能从日本方面作些努力来改善的。

所以,我们不能把右翼、日本政府和日本民众完全混同到一起。这样容易鱼目混珠,最终不利于中日关系的改善,冲击了我们国家的根本利益,这样反倒会被日本的右翼所利用。

 

(三)关于反日示威游行

2005年4月9日北京的学生和民众进行了自发的反日示威游行。日本的各大新闻媒体在头版作了大量的报道。而国内的媒体却未作任何报道。4月11日,在上日文系专业课的时候,学生们道听途说地听到了这个消息,并希望笔者作为日本历史文化专业课的教师给他们一个提示,应不应该去参加示威游行。对这样敏感的话题,我并没有采取回避的态度,而是正面回答了学生的问题和疑惑。

首先,笔者明确表示不赞成学生去参加示威游行。对于抗议日本的错误行为是赞成的。但是,我们国家是法治国家,一切事情要在遵法守法的前提下进行。法治国家更不能允许暴力行为和破坏行为。我们可以通过合法的途径向日本政府表达我们的观点。其次,中日关系对中国来说也是很重要的。和则两利,斗则两败。不要由于我们学生的盲目行动使中日关系陷入恶循环的困境。作为日文专业的学生,对日本的了解相对较多,更有义务为健全的中日关系尽力而不是添乱。最后,通过我们日本历史课,日本概况课等专业课的学习,我们理清了中日关系的脉络,我们更加了解到日本的民族特性。其中最重要的特性就是对强势文化的崇拜。我们作为新中国的大学生,现在最应该做的是努力学习,把知识和能力转化为生产力,为中国的强大而奋斗。应该加倍努力学习,学习日本的长处,借鉴日本的经验和教训,使我们的国家在大家的努力下超过日本。那时,日本就自然会把政策的重点放在中国。也不会轻易忽视中国人民的感情。这就是学生们应该做的是事情。这也是最好的爱国行动。同时我们也不要盲目排斥日货,因为很多日货其实是在中国生产的,盲目排斥日货受损失的不仅是日本,我们也会受到损失。

这并不是什么惊天动地的大道理,结合学生的学习,把爱国主义的教育很自然地融入到教学之中。学习外语的目的并不仅仅是会说漂亮的外语,通过外语的学习,打开一个通向世界的窗口,把国际形势,国内形势,和学生们关心的时事问题随时融入专业课的教学之中。这样不仅能够提高学生的思辨能力,同时也能适时地对学生进行疏导和教育。对稳定学生的情绪,激发学生学习和向上的热情都有积极的意义。

由于我上课的语言完全使用日语,这样,就能够发挥日文专业学习的优势,在学习日语的同时,学习知识,进行思考和提高表达能力。能使专业课的学习不是只停留在学会说漂亮的外语,会写精确的外文文章之上。这样也使得学生的综合能力得到了提高。

 

(四)关于钓鱼岛问题

2004年3月,中国的保钓人士成功地登上了钓鱼岛,使本来就如履薄冰的中日关系又雪上加霜并在中日之间又一次掀起了关于该岛归属问题的争论。保钓人士被日本的海上自卫队和长崎的外国人出入境管理局以违反日本的出入境管理法为理由强行逮捕。此问题最后以外交手段得以低调解决。

这种属于领土归属和主权的问题是国际关系中最棘手、最敏感的问题。这种问题可以一触即发,引起民族情绪的高涨,也很容易由此引发出更大的问题,如战争等。而在现代国际社会中由历史遗留的领土归属问题其原因错综复杂,很难在短时间内找到一个完美的解决办法。之所以钓鱼岛问题经历了几十年至今仍未解决,原因就在这里。

    而且更重要的是,民族情绪高涨以后,人们关心的往往并不在问题本身,而是国家的主权和领土,而由此又可以把支持和不支持保钓行动简单地定义为爱国与不爱国。面对这种情形,有必要把这个问题的来龙去脉理清。这样既能把钓鱼岛本身的历史渊源搞清楚,同时,也能教给学生一种客观求实的分析问题和解决问题的方法。

    笔者事先查阅了大量的中日历史资料,经过整理和分析,感到应该从历史的角度、国际法的角度来分析整理这个问题,才能把它的来龙去脉理清。而这三个问题则是历史遗留的问题,中国内战的问题和国际法的有效性的问题。这是一个很复杂的问题。解决的方法有两个,一个是通过武力解决,还有一个就是通过谈判解决。通过武力解决不现实,中国和日本都不希望因为钓鱼岛的归属的解决而使用武力。过去没有,现在不会,将来的可能性也不大。而双方各持己见不能谈判解决的话,就需要时间,需要智慧,需要政治解决。

    邓小平曾经说过,钓鱼岛问题如果我们这一代人没有智慧解决的话,可以留到下一代,那时他们会有智慧解决这个问题。通过翻阅史料,整理事实之后,学生们不仅懂得了凡事要以事实为依据,看问题要从几个角度去看,这样才能理智客观,才能实事求是地认识问题和解决问题,还懂得了凡事不能人云亦云,要用自己的眼睛观察,用自己的头脑思考,要事实求是,客观务实。

 

 

  在专业课程的讲授中了解历史,展望未来

 

在上日本历史课时,课前让学生充分的预习。课上的重点是把相关的历史知识进行归纳和整理。给学生几个思考的题目,目的是把历史当作一面镜子,通过历史的学习,了解过去,知道现在,展望未来。

   实际上,日本历史课的基本的内容不过是一些历史文化中常识性的东西,并不难学生之所以觉得难,是因为教材的日语难。针对这种状况,我在讲课之前要求学生一定要预习,通过预习,能够基本熟悉内容及其日语的表现。这样,在课上,我所作的事情与其说是讲解日本历史,不如说是把日本历史的线索整理出来,并通过某些重要事件的分析整理,让学生思考一些必要的问题。因为历史是一面镜子,通过一个国家的历史,可以了解它的过去,知道它的现在,也能够预测它的未来。特别是近来,中日关系几经挫折,而其中最重要的障碍就是日本政府对历史的认识问题。

    通过在课上对日本历史的总体把握和对其线索的整理,使学生不仅对日本历史文化有一个客观的了解和认识,更重要的还要通过日本历史的学习,全方位地理解和认识日本文化社会,抓住日本社会文化中最本质的东西,其中有值得我们学习的,要谦虚地学习,需要我们反思的,要认真地反思,需要我们批判的,要大胆地批判。只有这样,我们才不会只停留在历史学习的表面,通过日本历史的学习,我们的学生能更加客观地了解日本,也可以折射出中国特别是能把近千年的中日间的交往理出头绪,这样,就充分达到了学习日本历史课程的目的。同时因为我在第1课时,第2课时上使用的语言完全是日语,学生的发表,提问和回答也完全用日语,所以在提高专业文化素养和综合能力的同时,学生的日语的理解和表达能力也能得到一个质的飞跃。这也是我教授专业课的最终目的。

    例如,在近代史的一章中甲午战争的授课是这样进行的。首先把甲午战争的经纬和结果进行简明扼要的讲解。其次分析思考一下甲午战争给日本和中国都带来了什么。从分析和思考中我们能做哪些反省,吸取什么经验和教训。让学生不仅知道历史,还要思考历史,把历史作为一面镜子,通过分析和思考,认真地想一想为什么清政府会那么无能?为什么会签下那样丧权辱国的条约?问题究竟出在哪里?这场战争对中国究竟意味着什么?而日本为什么会轻易地打败中国?是海军和战舰的落后还是观念的落后这场战争对日本意味着什么学生经过积极的思考和分析,畅所语欲言,阐述自己的见解。最后,我适时地进行总结,并把对学生的爱国主义的教育也自然地融如入到课堂的教学之中。

1 清政府的失败其实不光是军队和战舰的落后,更重要的原因是观念上的落后。日本以清政府的腐败无能作为反面教材,痛感要向西方学习,而在1868年开始了全面的近代化即明治维新。而清政府却闭关自守,自以为是,就造成了这样的结果。所以,对我们来说,要懂得谦虚,要向别人学习一切对我们有用的东西。这样才是客观的符合实际的科学的态度。不仅对国家是这样,对每一个人来说也是一样的道理。要谦虚,要看到别人的长处,要不断吸取一切优秀的东西,这样一个人才能永远成长和进步。

2  国家要强大,不强大就要挨打,就要被宰割。日本从1840年的鸦片战争清政府的无能中懂得了这个道理,弱国无外交。再看看今天的世界,今天的中国在世界上举足轻重的地位和发言权就更会懂得这个道理。我们再看看今天的美伊战争,看看今天的北朝鲜,就会更加深刻地理解这个道理。外强中干,虚张声势是没有用的。强大就是要把综合国力提高,强大就是每个中国人走到世界的任何地方都能感受到祖国的存在,为自己是一个强大的中国的公民而骄傲和自豪。正如邓小平所说,发展才是硬道理。对每个大学生来说,中国的强大也需要你们每一个人的努力。所以在想问题时不要只是以自己,周围和自己的父母为轴心,那样太狭隘。要多学习,多思考,时刻想着中国的富强。中国强大了,也与你们息息相关,每个人去外国的时候也会随时随地感受得到祖国强大给你带来的骄傲和自豪。你自己再好,没有一个强大的国家在后面,也是有局限的。邓小平还说过,我能做一个富裕国家的普通的公民就心满意足了。这是一个具有远见卓识,放眼世界的伟大的政治家的肺腑之言。

    在这节历史课中,把日本历史,中国历史和现代联系起来,这样,不仅学生们学习到了历史知识,还可以通过历史的学习学会思考过去,现在和将来。把历史学习与实际结合起来,这样把知识学活。把爱国主义教育有机自然地融入到专业课教学之中,学生既学到了知识,开阔了视野,也提高了思辩能力。作为教师也达到了教书育人的目的。

 

 

三 在日语教学中推进爱国主义教育具有现实意义

 

   实践证明,把爱国教育适时地融入专业课的学习中是可行的、有效的,也受到了学生的欢迎和肯定。而这个教学实践的尝试也具有一定的现实意义。在教学实践中我深感到结合时代特点对学生进行爱国主义教育的重要性,有以下几点感想。

1 外语专业只学好外语的单纯的教学目的已经不适应现代社会的需要和学生的期望。国家需要有爱国理想、高文化素质、全方位能力的毕业生。为此,外语专业有必要对现在的较单一的重视语言本身的教学模式进行调整,以适应社会发展的需求。

2 对学生的爱国热情要从正面引导,相信学生有一定的是非判断能力。对于国内外的最新动向和形势,要及时介绍给学生。通过课堂教学,特别是外语专业课的教学,不仅要培养学生学习知识,具有广阔的国际视野的能力,同时也要培养对事物能够适时地进行客观的分析和判断,能够从事物的表象中抓住其本质所在,并能通过这些来判断自己如何采取正确的行动的能力。

3 爱国教育不是反日教育。要客观理智地看日本。有我们需要学习的,要谦虚地学习,有我们需要批判的,要大胆地批判,有需要我们借鉴的,要认真地借鉴。这样,我们才不会盲目地拒绝和反对。我们以谦虚务实、客观科学的态度吸取一切对我们有用的人类的文明和智慧,这样我们才可能知己知彼,我们才能真正从技术上,国力上,经济上赶超日本,成为一个真正强大的中国。我们不能忘记历史,要以史为鉴,同时,我们也要面向未来。爱国教育强调的是通过学习使中国强大。而片面强调反日对我们是无益的。

4 外语专业的教师不仅需要有要有语言文学、教学法专长的教师,也需要有一些既精通外语又有诸如经济、国际政治、社会文化等广泛领域的专业特长的师。这样才能使外语专业整体教育研究水平得到一个良性的发展和飞跃。

我们现在处在中国走向并逐渐与国际接轨的过渡时期。所以我们思考问题的时候不能只看中国,只与过去比较。教育要走向世界,与国际社会接轨,这就需要我们随时把握中国和世界的动态。我们现在的外文学院的教材、资料、情报、信息陈旧,知识的更新显得缓慢。所以,我们除了需要与国际水准相当的教育理念、教学环境、优秀教师之外,还需要与国际接轨的教材、资料、情报和国际间的交流。这样才能培养出真正符合中国社会、国际社会需要的学生也才能使我们外语专业更有竞争力。

 

关于北京师范大学“十一五”规划的几点思考和建议

关于北京师范大学“十一五”规划的几点思考和建议
[2005-12-12]

一、关于“十五”规划的总结和概括
  1、“十五”规划中关于北师大“综合性、有特色、研究型大学”的转型定位是正确的。
  2、“十五”规划中确定的学校发展目标基本实现,学校得以跨跃式发展,教职工学生受益。
  3、“十五”规划的主题可以说是“转型、改革、发展、创新”。
二、关于“十一五”规划的思考和建议
  1、为了保持学校发展的连续性和稳定性,建议学校延续“十五”规划中的定位。
  2、建议“十一五”规划的主题里加入:“以人为本、自由阔达、和谐校园、 回馈社会”。
  “以人为本”就是以教师为本,以学生为本。
  学校的发展不能只看眼前而忽视长远,不能以牺牲教师的利益和健康为代价。从长远来看,学校的发展离不开全体教师的支持和努力,充分发挥教师的才智,调动积极性,需要给教师创造宽松的环境和空间。才有利于教学、科研和管理工作的不断发展。因此,学校的考核机制的建立要考虑有效、公平、合理、长久。要有一定的时间弹性。
  “自由阔达”就是给教师和学生创造一个自由宽松的环境来思考和创新。
  在成熟的社会中,知识分子重要的社会使命就是独立思考和具有批判精神。知识分子是智慧和良知的结合。知识分子有义务追求真理,也有责任向社会传播和树立诚信。可以说,思考和批判是知识分子的灵魂,智慧和良知是知识分子的血液。而追求真理和诚信则是知识分子的生命。而给灵魂和生命注入血液,使知识分子能在社会中发挥其价值和作用的最好的环境和土壤就是“自由阔达”。
  “和谐校园”就是使校园内人与人之间呈现出融洽和协调状态。
  在和谐的校园中行政管理部门与教师之间,教师与学生之间建立一个彼此信任,良性循环,积极互动的关系,在此基础上,学校均衡发展。处理好学术权力和行政权力之间的关系,树立学校行政管理部门为教师服务的意识。更大限度地发挥教师的才能和智慧,使他们不仅是学校政策的执行者,更重要的是政策制定的参与者和实践者。教师是学校的支柱和根本,不是单纯被使用的对象。只有充分调动大多数教师的积极性和创造性,才能形成一个良性的循环,才能从真正意义上构建一个和谐的校园。教师不能安心工作,尽其心,尽其责,那学校的行政管理部门岂不成了沙漠中的楼阁,皮之不存,毛将焉附?
  “回馈社会”就是把教育看作是一种资源,取之于社会,用之于社会。
  通过教学把教师的科研成果还原给学生,同时,通过教书育人把符合社会需要的,品学兼优的,具有实践能力和开拓创新精神的毕业生输送到社会。而通过在北师大的学习和教师的言传身教改变了人生的学生又在社会的各个领域里影响和改变着更多人的人生。通过这种方式就能把教学科研成果回馈给社会。所以,学校在考核教学科研成果时,特别要考虑到理科和文科的差异。理科的成果短期间可以显现并能很快地转化成生产力。而文科,特别是社会科学的研究成果往往是短期间看不出效果,而从长远看却是对国家,对社会发展有益的 。
三、对北师大“十一五”发展的期盼
  “十五”期间学校成功地实现了转型定位和跨跃式的发展。而这些依赖于观念的创新和大胆的改革才得以顺利实现。对比日本,美国,欧洲,香港的大学的发展和变化,北师大这五年间的变化可以说是翻天覆地的。在“十一五”期间,希望能在“十五”的基础之上,进行调整,注重长远、和谐、科学的发展,为实现北师大建设世界一流大学的目标打下坚实的基础。侨联全体同志愿为北师大的发展献计献策。

北师大侨联
2005年12月1日

来源:北京师范大学统战部网站
 

北京师范大学召开纪念抗日战争胜利60周年学术研讨会

 

 624日,我校隆重召开纪念抗日战争胜利60周年学术研讨会。这次以抗日战争与民族精神的弘扬为主题的研讨会,由我校党委宣传部、历史系及北京新四军研究会和中国现代史学会共同主办。北京师范大学党委书记刘川生,中国人民对外友好协会会长、北京新四军研究会副会长陈昊苏,成都军区原政委万海峰上将等领导及专家学者和师生近200人参加了会议。

 

 

  大会在庄严的国歌声中拉开帷幕。校党委副书记、副校长郑师渠主持会议并致词。他指出,60年前,中国人民经过八年艰苦卓绝、气吞山河的抗战,终于战胜了日本帝国主义,取得抗日战争的伟大胜利。这是中华民族发展史上影响深远的一件大事。中国人民之所以能够最终打败侵略者,赢得这场战争,归根结底,在于中国共产党及其领导下的八路军、新四军成为了抗日战争的中流砥柱,并通过建立抗日民族统一战线和国共合作,最终推动实现了全民族伟大的抗战。抗日战争不仅是近代以来,中国人民取得的对外反侵略战争的第一次全面胜利,而且有力地高扬了民族精神,成了中华民族走向伟大复兴地重要转变点,也为新中国地建立奠定了基础。纪念抗日战争胜利60周年,是贯彻党的十六大精神,推进国家现代化建设的应有之义。

 

       研讨会上,我校历史系教授朱汉国从抗战时期文化队伍建设等方面论述了我党的抗战文化思想;外文学院副教授姜弘结合教学实际阐述如何把爱国主义教育融入到专业课教学中去;历史系党总支书记耿向东介绍了新中国正确处理中日关系的基本原则;政治学与国际关系学院博士生于昆在发言中总结了抗战时期中国共产党动员群众的基本经验;国防大学原副校长黄玉章在发言中以大量的事实说明了中国抗日战争是东方反法西斯的主战场;国防大学教授汪江淮阐述了新四军发展历程和在抗战中的重要作用。

 

  

      陈昊苏在讲话中指出,新四军的英雄前辈高举抗日的旗帜,在大江南北华中敌后坚持抗战,付出空前惨烈的牺牲,解放了江淮河汉大块神圣的国土,为抗战的全面胜利作出重要贡献。作为新四军的子弟和后代,不仅要努力学习和宣传英雄前辈在民族解放事业中树立的光辉事迹,而且要在新的历史条件下,为实现民族复兴的伟大事业努力奋斗,再创功勋。

我校党委书记刘川生在会上做了总结讲话。她认为,为纪念抗战胜利60周年,召开这样一次大型的学术研讨会,对于缅怀先烈们的丰功伟绩,高举爱国主义伟大旗帜,弘扬中华民族不屈不挠、团结奋斗、自强不息的民族精神,进一步推进社会主义事业,具有重要的意义。这次研讨会非常成功。指出,纪念中国人民抗日战争的伟大胜利,给我们许多重要的启示:第一,高扬爱国主义精神,增强民族凝聚力是我们勇往直前的动力源泉。我们要以纪念抗日战争胜利60周年为契机,大力开展中国人民进行民族革命斗争史的宣传教育,进一步加强以弘扬中华民族精神为主要内容的爱国主义教育。第二,牢记历史、珍惜和平是建设和谐社会的基础和保证。青年学生是国家的宝贵财富,应该牢记历史,珍惜来之不易的和平,努力学习,为中华民族的伟大复兴贡献聪明才智。第三,坚持中国共产党的领导是我们事业走向成功的根本保证。中国共产党是中国抗日战争的中流砥柱,我们今天开展社会主义现代化建设,更需要不断加强和改善党的领导,永远保持党的先进性。第四,学校的发展与国家和民族的命运息息相关。北京师范大学具有爱国进步的光荣传统。今天,在北京师范大学建设综合性、有特色、研究型世界知名高水平大学的过程中,我们仍然要大力弘扬抗日战争中孕育出的伟大的民族精神,以历经艰难、矢志不移的北师大的前辈们为榜样,努力学习,本着求实、创新的态度,扎扎实实地开展工作,努力培育祖国建设需要、人民满意的高素质人才。

 

      

这次学术研讨会是我校纪念抗战胜利60周年系列活动的重要组成部分。为筹备这次会议,党委宣传部从今年2月开始在全校进行征文,广大师生投稿十分踊跃,共收到近百篇文章,经过专家评选,选择40余篇汇成《抗日战争与民族精神的弘扬——北京师范大学纪念抗日战争胜利60周年文集》,由中央文献出版社出版。征文活动和文集的出版,既是弘扬民族精神、进行爱国主义教育有效举措,也保证了这次研讨会有较高的学术水平。

 

 

 

 

来源:北京师范大学新闻中心

 

 

 

 

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王建民教授、姜弘副教授接受访谈

北京师范大学新闻中心《师大话题“十一五规划”大家谈》

 

王建民教授、姜弘副教授接受访谈

 

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